2000年11月3日(金)

 ボロチャリで新宿のOZONEへ行ったあと、ソフマップでiBook旧モデルが107,999円とかで売っているのを見たが、見なかったことにする。

2000年10月27日(金)

 NHKで打ち合わせしたあと、『コンフォルト』編集部へ。会社設立関係の冊子とADBテンキーを差し上げたら、イモと仕事をくれた。

2000年10月5日(木)

 昨日から2泊3日で大島。今日は泉津から霧の三原山に登ったあと、岡田の港町を散策。神様団地がある八幡神社境内の木の幹に、キセルガイ(陸生の細い巻き貝)がぶら下がっているのを大井が発見。近くに蓑虫もぶら下がっているが、その蓑虫とキセルガイが、形といい大きさといいぶら下がりっぷりといい、ソックリ! パクられたか。でもどっちが?

キセルガイの斜め左上に蓑虫
擬態

2000年9月3日(日)

 大井とともに熱海から岩戸山、日金山(十国峠)へナイトハイク。日金山東光寺に着くと、台の上に白いチビ地蔵がびっしりと並んでいて、コオイムシを思い出す。石仏の前には、ステンレスのザルが賽銭箱代わりに置いてある。まさにザル勘定だ。いいかもしれない。伊丹十三似の閻魔さまもザル勘定。

閻魔さまもザル勘定
ザル勘定

2000年8月12日(土)

 JR平井駅から歩いて、江戸川区平井と江東区の富士塚を縦走する。縦走の最後は、江東区南砂七丁目の富賀岡八幡宮(元八幡)境内奥にある砂町元八幡富士。この富士塚の前には、「注意」「落石あり」と書かれた立て札がある。富士塚で落石注意とは。そんなところまで本物の富士山と同じだなんて、すばらしい。この富士塚に登りながら、下にいる登山者に向かって「ラクー!」と叫ぶのが夢。
 縦走後、マルタ君の住まう東雲を目指してさらに歩く。暑い。
 湾岸は、歩いていてあまりおもしろくない。大味な景色なので、歩くスピードでは変化に乏しく、退屈する。自動車や電車のスピードがちょうどいい景色。
 東雲からりんかい線に一駅だけ乗り、コミケ終了中のビッグサイトで、もとみやかをるさん、大井と合流。遊園地の乗り物のように蛇行するゆりかもめで、景色を観覧しながら新橋へ。湾岸巡りには、ゆりかもめの速度と高度が似合う。
 今夜は東京湾大華火祭があるので、もうスゴイ人、人、人。人、人、人。レインボーブリッジの歩道にも、人、人、人。お台場などのすばらしくウソっぽい景観に、豆粒みたいに見える人がいっぱいいて、それに台風前の夕方の妙な気候で、虹まで出てるし、なんかヒロ・ヤマガタの絵を思い出す。断然思い出す。頭がうわーんとしてくる。やっぱり東京というのはスゴイところだ。
 新橋でもとみやさんと別れ、小川町のニッピンでレインスーツを買い、大戸屋でメシを食って帰る。

2000年3月13日(月)

 今日は、池尻大橋駅の近く、目黒区大橋二丁目にそそり立つ目黒富士に登る。この富士山の登山道は、上のほうはとても登山道らしい登山道だが、馬返から一合目までの道は、なんと隣のビルの外階段だ。なんか「乗り入れ」って感じで楽しい。
 しかし、246沿いにドーンとそびえているのに、道行く人のほとんどがここに富士山があることを知らない。まあ、知ってもどうということはないんだが、ちょうど、すぐ目の前に歩道橋があるから、「ちょっと待て こんなとこにも 富士がある」と大書した横断幕をその歩道橋に張るっていうのはどうか。その裏側は、「そうは言っても 富士に見えんか」と七七で謙虚にまとめたい。

2000年3月10日(金)

 マッツ編集部へ行った後、北区田端二丁目の田端八幡境内にそびえる田端富士に登る。しかし、石祠のある頂上の横にまだ階段が続き、頂上よりも上に行けてしまう。天国への階段か。
 境内で小さい子が遊んでいる。親はいない。そして境内で不審な行動をするオレ。なんか誘拐犯みたいでマズイ。
 その後、西ヶ原一里塚、加賀公園などを経て、板橋区氷川町の氷川神社境内にある板橋富士に登る。途中、板橋区板橋四丁目の板谷公園に土山があったので、公園入口からその山をじーっと見ていたら、園内にいたどこぞの奥さんに不審の目で見られたが、文句はない。オレから見ても不審だ。
 田端富士も変則的な富士塚だったが、板橋富士はもっと変則的だった。氷川神社の境内奥では、神輿庫が口髭を生やして笑っていた。

笑う神輿庫
人面庫

2000年2月21日(月)

 チャリで環七をグイグイ行くことにする。そうすると都心を通らずに足立区に着く。
 今日は、足立区の富士塚を中心に、9富士を歴訪。ただし、五反野富士があるはずの足立区足立三丁目の西の宮稲荷神社は、社殿造営工事中で、富士塚が見当たらず。だが、境内隅に溶岩らしきものが並べてある。いかにも「バラして置いてあります」という感じ。きっとそうだ。いったん解体して、社殿ができたあとにまた組み立てるのだ。富士塚は建築物なのだから。
 というわけで、五反野富士に登ることもできず、見ることすらできなかったが、バラのパーツは見れた。そのほうが珍しくて、かえって満足。
 珍しいといえば、足立区西保木間一丁目の氷川神社境内にそびえる保木間富士は、麓の鳥居には「榛名神社」とあり、頂上の石祠を見てもやはり「榛名神社」と彫られている。つまりこれは富士塚というよりも榛名塚、榛名富士塚なのか? だとしたらおもしろいので、だとしてほしい。
 ただ、榛名塚を造るなら、頂上付近にはやっぱり榛名湖に見立てた小さな池がほしい。でもって池にはワカサギに見立てたカダヤシが泳いでるのだ。いいなあ。富士塚みたいなのに登ってみたら、上にちょこんと池があって小魚がいるなんて。そういうの、造りたいな。

これぞ孤高。環七、鹿浜橋からの眺め。
鹿浜橋より

2000年2月19日(土)

 トリニダードトバゴの幕張さんから勧誘の電話。
 絶対そう言ったもん。

2000年2月18日(金)

 ボロチャリに乗り、塚山経由で大田区本羽田の羽田神社境内奥にそびえる羽田富士へ。小振りだがカッコイイ。続いて、萩中公園(築山が2つ並んでいるので「萩中二子山」と命名しておく)経由で大森西の東海道一本燈籠を見に行く。ひどく殺風景な場所にあるが、「東海道一本燈籠」という名前も、富士山がそびえる台石も気に入っている。さらに池上本門寺へ行くと、五重塔が着ぶくれしていた。
 呑川沿いを遡上して帰る。

解体修理中の五重塔
池上本門寺5010

2000年2月16日(水)

 大井とともに幕張へジョブズ見物。去年はジョブズよりも小泉を選んでしまったが、今年はジョブズの勝ち。幕張に着くとものすごい行列ができていて大いにビビるが、問題なく入場できた。とてもローカライズされた基調講演。帰りに新宿のソフマップに寄ったら、198,000円だったiBookが168,000円になっていて、うろたえる。

2000年2月2日(水)

 『コンフォルト』編集部へ行くため上町からバスに揺られていると、運転手がいきなり「高橋さんじゃない?」と言う。いったいどうしたことかと思ったら、バスは若林三丁目という停留所に着いていた。「たかはしさんじゃない」じゃなくて「わかばやしさんちょうめ」と言ったのだった。
 まいったな。
 編集部に長居したあと帰宅したら大井がいなかったので、大井に電話してみたら、どこか近くで秋の虫のようにPHSが鳴き出した。一瞬、状況を理解できず。
 大井はいないが、PHSは大井が置いていったカバンの中にいたのだった。PHSと別行動する大井。

2000年1月23日(日)

 ホウホウ、ホウホウ。
 毎年青葉の季節になると聞こえてくるフクロウ科くさい鳴き声の謎が、大作栄一郎著『東京の野鳥』(東京新聞出版局)のおかげで、ほぼ解明! フクロウ目フクロウ科のアオバズクさんに違いない!
 ホウホウ、ホウホウ。
 幻聴でも錯聴でもないし、やたらと感心する夜更かしじいさんでもない。しかも飼いアオバズクでもなく、野生のアオバズクが毎年渡ってくるのだきっと。この城山に。うーん、幸せ。
 ホウホウ、ホウホウ。

2000年1月1日(土)

 百合丘の中野家で年を越す。今年のカウントダウンは2000年問題のおかげでちょっとドキドキ。
 しかし、「00年」の0時0分になってもとりたてて騒ぐような事態にはならず、ちょっとがっかり。いやもちろん、和室の水に頼らなきゃいけない事態がやってくる可能性は小さいと思ってたし、それにホントにそんな事態になったりしたらすげえイヤなんだけど、でもやっぱり、特に何も起こらなかったのはちょっとがっかり。
 百合丘の中野家から歩いて新ゆりグリーンタウンの白山神社へ初詣に行くが、人が列をなしているのでパス。電車に乗って今度は世田谷八幡宮へ初詣に行くが、やはり人が列をなしているのでパス。ちっ、タライ回しかよ。回してるのは自分だが。
 さらに豪徳寺に初詣に行くが、仏殿は人が列をなしているのでパスし、左のちっちゃいとこ(招福観音さん)ですませる。
 甘酒を飲みつつ帰宅。そんな元旦。



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